LOGIN紆余曲折を経て両想いになったふたり。慣れない遠距離恋愛に四苦八苦しながらも愛を育んでいきます。 元ホスト、現在は島で漁師をしている井上穂高(いのうえ ほだか) 諸事情で島の中では穂高の弟になっている大学生の紺野千秋(こんの ちあき)
View More待ち遠しかった夏休みがついにやって来る。それを考えただけで自然と口元が綻んでしまい、ひとりでニヤニヤしてしまう顔を慌てて隠すんだ。
離れているからこそ募っていくキモチとか寂しさとか愛おしさとかが、じわじわと胸の中に広がってしまう。そういう想いを更にぎゅっと噛みしめながら、穂高さんに逢うために今日も頑張っていく――。
***島からフェリーを使って本州に渡り、長時間の運転で疲れは幾分溜まっていたが、ハンドルを握りしめながら眺める懐かしい景色に、思わず笑みが零れる。
そこは自分が住んでいた場所であり、現在も千秋が住んでいるところ。流れていく車窓の中に、千秋が通っている大学があった。今頃、頑張っている最中だろうな。
(――船長の機転に感謝しなければ)
それは数日前の今時分。漁に行く準備をすべく、船の中に新しい網を引き入れていたときだった。
頭に巻いていたタオルが何かの拍子に落ちてしまったので、屈んで拾おうとした。それだけなのにバランスを崩してしまい、網の中へとキレイにすっ転んでしまった。
慌てて起き上がろうと手をついたところに何故か運悪く網がぐるぐるっと絡まり、外そうとしたけど余計なものまで絡まる始末。まるで蜘蛛の巣に引っかかってる、憐れな虫みたいになった。
身体の奥底で千秋を常に求めてしまい、それをどう表現すればいいか。置き場がないのも違うし、落ち着きがないともどこか違う。とにかく体全体がもう直ぐやって来るであろう千秋に、逢いたくて逢いたくて堪らない状態で、それがアクシデントの原因になっている。
俺自身はそれをどうすることもできないのが、本当に頭が痛い――。
「井上、おめぇ何やってんだ、そりゃ?」
「すみません、出港前の忙しいときに。絡まってしまいました」
「はぁ!? まったく……。ここんとこ、ありえんバカばっかりしとるがな。何か、気になることでもあるんかえ?」
船長が絡んだ網を手早く解いてくれた。俺があんなに苦労したというのに、いとも簡単に解くとか、どうしてだろうか? しかも言葉通りなので、反省しても足りないくらいだったりする。
「……あと数日で、弟がこっちに来るのが嬉しくて」
「はあぁ!? たったそんだけのことで、こんなバカやってんのか。呆れてものが言えねぇわな」
(――仰るとおりです、否定しませんよ)
「わーった。んもぅおめぇは使えんから、さっさとおとーとさ、迎えに行って来い!」
「本当ですか!? それは」
思わず船長の肩に手を伸ばして、激しく揺すってしまった。
「お、ぉおお、おいっ、落ち着げっ! まんずは、先に言うべきことがあるべさ?」
愛しの千秋に逢えると喜び、一気に舞い上がってすっかり失念してしまった、船長に対しての礼儀作法。慌てて姿勢を正して、45度に頭を下げた。
「すみませんでした、本当に。反省しております」
「よしよし、それでええ。明日の朝一のフェリーで行くんじゃろ? 今日はもう帰っていいから、ゆっくり休め」
優しい船長のお言葉に甘えて堂々と休みを戴き、こうして千秋を迎えに来ていたりする。突然現れて驚かせてやろうと考えているので、連絡できないのは実際のところつらかった。
「まぁ、バイトが終わる午前1時過ぎになったら帰ってくるだろうし、それまでどこかで時間を潰すとしよう。まずは義兄さんに、お礼を言わなければいけないか。今回の件について、お世話になりっぱなしの状態だったから」
大学門前に車を駐車して携帯に電話をしたら、ホストクラブ パラダイスの事務所にいるという返事を聞き、今すぐ行きますと手短に用件を告げて、一路そこを目指したのだった。
*** その日、いつものようにバイトに勤しみ、何ごともなく終えることができた。竜馬くんと一緒に仕事をしないだけなのに、ビックリするくらい疲れがなくて――。「それだけ彼の存在が俺にとって、ストレスになっていたんだな」 ぼそっと独り言を言いながらロッカーを閉め、軽い足取りで店の外に出た。体を包み込む冷たい空気も、全然平気――穂高さんもこの時間、海の上で頑張っているんだよなと口元に笑みを湛えたときだった。「お疲れ様、アキさん」 音もなく突如現れた竜馬くんに、絶句するしかない。この状況って俺が穂高さんに迫られたときと、まったく同じじゃないか。「な、んで?」 反応しちゃダメだって穂高さんに言われてたけど、待ち伏せされるなんて思ってもいなかったから、つい声をかけてしまった。「何でって、それは俺が言いたいよ。いきなりシフトを変えちゃうんだもんな。大学だって逢うのはマレなのに、ここでも逢えないとなったら、アキさんの帰りを狙うしかないじゃないか」 帰りを狙うって、そんな――。「ハハッ、すっごく驚いた顔してる。それに安心して。夜道で襲ったりしないから」「と、当然だよ、そんなの……」 今更だけど動揺しまくりの顔を見られないように顔を背けつつ、足早に歩き出した俺の隣にピッタリと並んで歩く竜馬くん。 ――思い出しちゃう。穂高さんと正式に付き合う前に、一緒に帰っていたのを。やってることがまったくと言ってもいいくらいに同じで、頭を抱えるレベルだった。「俺ね、アキさんが大学構内の階段下で電話してるの、偶然聞いちゃったんだ」「!!」 竜馬くんの言葉に一瞬声が出そうになり、慌ててくぅっと飲み込んだ。(――何であそこにいるのが、バレたんだろ?) 不思議に思って隣にいる彼のことを、恐るおそる見つめた。「『愛してる、穂高さん』って言ってるのを聞いて、すっごく妬けた。井上さんが羨ましくなった。だけどね……」 ため息をつきながら、こっちを見る。だけどそこはあえて無視しなきゃいけないから、視線を逸らそうと試みたけど、竜馬くんから放たれる熱のこもったものがすごくて、どうしても逃げられなかった。「俺の心の中に、蒼い炎がメラメラと燃え始めたんだよ。きっとアキさんの心に火を宿すために、俺の心に蒼い炎が点火したんだと思うんだ。この炎で君を包み込んで、奪ってあげるから。覚悟してほし
竜馬くんとの接触を控えるべく、まずはバイトのシフトの時間を変更しようと大学の授業が終わってから、コンビニに真っ直ぐ向かった。 従業員入り口から事務所に入ると、店長がパソコンの前で仕入れ状況の確認をしているところで、その背中に大きな声をかけた。「お疲れ様です!」「お疲れー。あれ、今日シフト入ってたっけ?」 キーボードの手を止めて小首を傾げながら、俺の顔をわざわざ見つめる。「いえ……。あのその件で、ご相談したいことがありまして」 店長がシフトという言葉を口にしてくれたお蔭で、すんなりと話ができそうだ。「紺野くんが深刻な顔して相談なんて、何だかドキドキするな。そういえば、スーパーのバイトを始めたそうだね。掛け持ちがキツくなってきたとか?」 傍に置いてあったパイプ椅子を目の前に用意し、座るように促されたので遠慮なく腰掛けて、背筋を伸ばしながら姿勢を正した。「スーパーは週末だけにしているので、全く問題ないんですけど……」 参ったな、竜馬くんとのシフトをズラす理由を考えてなかった――勢いだけで、ここに来てしまったから。「えっとですね大学の単位がですね、ちょっとだけヤバいのがあって……。できれば今のシフトの曜日を、変更していただけたら助かるんですが」 自分のバカさ加減を思いきり晒してしまうセリフになっちゃったけど、こうでもしないとシフトの変更をしてもらえないだろうと咄嗟に考えつき、眉根を寄せながら臨場感たっぷりに語ってみた。 俺の言葉に店長はパソコンの画面にシフト表を映し出して、う~んと唸る。「曜日の変更ねぇ。回数も減らした方がいい?」「やっ、そこまでしなくても大丈夫です! 曜日だけ変えていただければ、まったく問題ないですし」「だったら、俺のシフトとチェンジしたらどう?」 扉をノックする音と一緒に、聞き慣れた声が事務所の中に響いた。その声に振り返るなり、目が合った途端に微笑んでくれる。「ゆっきー?」「おっ、雪雄。いきなりの登場で話に入り込むとか、ちゃっかり盗み聞きしてただろ?」 店長はゆっきーの叔父さんにあたる人で、やり取りを見ていると親子のように仲がいい。「まぁ結果的には、そうなっちゃたけどさ。入りにくい雰囲気が、事務所の外まで漂っていたからね。で、シフトの話はどうかな千秋?」「ゆっきーのシフト?」「そ。ほら叔父さん、見せてやっ
***「だけど人の心は、移ろいやすいから。心変わりさせるキッカケを作って、アキさんを奪ってみせます」 険しい表情を浮かべて強気の発言をした竜馬くんを、ハラハラしながら傍で見つめるしかできなかった。 電話に出た当初はすっごく弱々しかった竜馬くんが、途中からガラリと態度が変わっていくとともに、会話の内容もエスカレートしていった。 竜馬くん側の内容しか分からないから何とも言えないけれど、穂高さんが挑発するようなことを言ったとは思えない。「俺の千秋に近づいてくれるな」とか、それに似たような言葉で止めに入っているはずだと思う。「ぁ、あのね、竜馬くん……」 耳からスマホを外して俯いたままでいる彼に、そっと声をかけてみた。 穂高さんとやり合った後なので、間違いなく興奮しているだろう。余計な話をしないで、さっさとスマホを返してもらおうと考えた。「そろそろスマホ、俺に返してくれないかな? もうすぐはじまる講義に行かなきゃならないし」 ごくりと唾を飲み込んでから、恐るおそる口を開いた。 次の講義は休講だったけどこう言えばすぐに手渡してくれると思い、アピールするように付け加えてみた。それに竜馬くんとふたりきりでいることも上手く回避できるという、一石二鳥のアイディアだった。「ゴメンなさい、アキさん。電話が終わったら、一気に力が抜けちゃって」 謝りながら1歩近づいてきた竜馬くんに向かって、右手を差し出した。その手にスマホを、載せてくれると思った。「わっ!?」 何の挙動もなく、いきなり抱きつかれてしまった。「イヤだっ!! 放してよ、竜馬くんっ!」「アキさんの中にある心の隙間に絶対に入り込んで、井上さんから奪ってあげる」「やぁっ! 耳元で喋らないで。いい加減、腕を外してって」 身長差が少ししかないから耳元で喋られると、吐息がダイレクトに耳に入ってきて、否応なしに感じてしまう。抵抗する力まで抜けてしまうくらいに。「へえ、耳が弱いんだ。それにすっごく可愛い声を出すんだね。乱れたアキさんの姿、見てみたいな」「お願いだから解放してよ。これ以上、何かしたら嫌いになるから」「分かった、嫌われたくないし。だけど覚えておいてほしいんだ」「…………」「アキさんを想うたびに気持ちがどんどん加速していって、止まらなくなるんだってこと。すごく君のことが好きだよ」 言い終
*** 毎日電話をかけていたからこそ、確実に千秋が捕まる時間が分かる。右手に持っているスマホを、じっと見つめた。 電話をかけた履歴から、午前10時半からの15分間がちょうどいいタイミングと睨んだ。 あのあとぼんやりしたまま、まんじりとしない朝を迎えてしまった。寝ていないせいで体が重いクセに、頭だけは妙に冴え渡っていた。(いつもなら何も考えなくても、すんなりと言葉が出てくるのに第一声、何を言えばいいのか……。千秋が困ることをしたくはないのにな。だけど、聞かずにはいられない) 今現在、竜馬という男とどうなっているのか。1ヶ月も経っているのに、断ることができていないのなら俺がそっちに行って、手を出すなと警告しなければならないだろう。 目の前に美味しそうなニンジンが無防備にぶら下がったままでいたら、手を出さないワケがないんだ。しかも俺の千秋は、可愛いのだから――。 あの顔でイヤだと言われたら、自動的にイヤがることを率先したくてたまらなくなるという、黒い自分が現れてしまう。俺と同じように執念深くてしつこい男なら、同類の趣味をしている可能性が高い――。 それゆえに千秋が明らかな嫌悪感を示さない限り、ずっと追い続けてしまうだろう。 俺が千秋を落したように、あの男も時間をかけて口説き落とそうとしているに違いない。簡単に渡して堪るか。 千秋と一緒に過ごした時間が、とても濃密だった。そしてふたりで、いろんなことを乗り越えてきた。だからこそ離れていても、強い繋がりができてると思っている。だが――。「そう思っているのは、俺だけなのだろうか?」 そんな自問自答を繰り返している内に、待っていた時間となった。 スマホを持っている手が、微かに震える。そのせいで上手く操作ができないなんて、情けないにも程がある。(必要の無い思い遣りなんて、しなくていいのに。千秋――) 無駄な体の力を抜くべく、はーっと深い溜息をついてからリダイヤルした。耳にスマホを当てた途端に、もしもしという可愛い声が聞こえてくる。「千秋、おはよう」「あ、おはようございます……」「今、大丈夫かい?」「はい。次の講義が休講になっちゃって、どうしようかなぁと思っていたところで」 ――ということは、時間はたっぷりあるんだな。「ね、昨日はあの後、グッスリと眠れたかい? 昨日じゃないか、そういえば」